「アレーン」

「なぁに、ラビ?」

読んでいた本から顔を上げて、こくりと首を傾けたアレンに俺はにこりと笑いかける。俺の笑顔は人をつらせる効果があるらしく、まるで引っ張られるようにアレンは口角を上げた。その頭に手を置いて撫でてやろうかなんて一瞬考えて、ふと口を閉じる。「ラビ?」穏やかな声に俺はもう一度笑顔を作った。アレンが読んでいた本は戦争を風刺した御伽噺らしく、あまり穏やかではない挿絵が丁度広げたページで存在感を表している。それ面白いのかな、と頭の隅で考えつつ手を伸ばして本を取ると、怒るかなと思っていたアレンは無表情でそれを見送った。
俺の手に落ちた御伽噺は、固く黒一色の布地の装丁で見るからにおどろおどろしい。何を思ってアレンがこれを手に取ったんだか。俺の笑顔が消えていくのをどこかで考えながらページを広げると、いきなり戦車が大砲をぶちかますところから始まった。わお刺激的。語り口調は大人が子供に言い聞かせるそれで、けして小難しい言い回しをしているわけでなければ新聞のように淡々としているわけでもない。一体この本の著者は何を思ってこんな装丁でこんな内容でこんなジャンルに切り分けたのか、と考えつつ顔を上げると、本をとられてやや不機嫌な顔のアレンと目が合った。

「見たい?」

「見てたんです」

可愛らしく頬を膨らませるアレンの横に座ってページを開けば、先ほどまでアレンが読んでいたらしいページに戻される。また広がった穏やかでない挿絵。正面から見ると分かりやすいが、どうやら兵士が相手兵士の鎧の隙間に剣を刺しているところらしい。うわ。生々しく溢れ出した血液は、あまりに御伽噺に不釣合いだった。

「…なあこれ、面白い?」

「………」

返って来た無言にむっとして顔を覗き込めば、アレンは一心不乱に文章に目を通している。俺の声が聞こえないほどに。ああこれ、何か傷つくなぁ。存在無視か、と今更残念がってみたところで、アレンが俺を見ているわけでもない。
そっと手を伸ばしてアレンの髪の毛に触れた。それでもアレンは気づかない。気づいていて、無視しているのか。その可能性もあるが、瞳がゆるぎないところから本当に気づいていないのだと思い知らされる。アレンは、こんなにも本が好きだっただろうか?以前医学書やら科学書やらを渡したときには3分で投げ出したというのに。それとも、なんだろう。ひたすらに好みな文章スタイルだったとか、内容だったとか。でも見た限りこんな穏やかでない文章をアレンが好きになるとは思えない。実際、過去の戦争文献を見せたときにも嫌そうな顔をしていたし。

「…あーれん」

「………」

あ、今度は気づかない。
恐らく最初の声に返答したのは挿絵があったからだろう、文章に集中し始めると本格的に気づかないようだ。面白くなってきてくるくると指先で髪の毛を遊ばせても、アレンが怒り出す様子は無い。
いくら俺が“仲間”だからって、これは信用しすぎだ。もしこの場に敵が――現れるわけがないけど、現れたら、どうするっていうんだ。心の中にじわじわと黒い気持ちが溢れてくる。髪の毛に触れていた手をすうっと下ろしていけば、アレンはかすかに身じろぎした。頬、顎、首。ここまできても抵抗もしない嫌がりもしない気づきもしない。そのまま首筋に手をかけて肩を押す。ポスンと軽い音をたててアレンはソファに沈んだ。

「っ!?」

今更気づいたようで、目を見開いた銀灰色が俺を映し出す。ああきれいな色だな、と微笑めばアレンは首に引っかかった手に驚いて身じろいだ。遅いよ、アレン。ソファに組み敷いたまま首筋を舐めれば、いやだと小さな声が零れる。

「なあアレン、お前はもーちょっと警戒したほうがいいと思うさ?」

「なっ、に…………」

「俺がこんなことしないとか、思わないわけ?」

首を絞めながら服を脱がしていく。あらゆることに対して抵抗しなければいけないと気づいたアレンが腕をばたつかせた。それをX字に固めてしまえば上半身はもう動けない。「ラビ、いいかげんに、」搾り出すみたいに怒りを孕んだ声を出すけど、俺は笑うだけだった。

「ねえ、ラビ」

「…」

「ラビったら!」

折り曲げた膝が容赦なく鳩尾を狙うけど、それを引き寄せた肘で防いで腹にキスを落とした。「う、ああっ…」アレンの弱いところを掠めるように触れていけば、喘ぎとも苦悶ともとれる声が漏れる。

「首絞められてそーいう声とかさ、マゾって勘違いされんよ?」

「ふざけっ、」

んな、と続く前に口を塞いでやった。なあもし、俺がユウだったらどうしてたの。ユウは直情的だから、俺みたいに余裕残らないだろうから、理性なくなっちゃってあっというまにいただかれちゃってたかもしんねぇよ?なあお前それわかってんの、俺がどれだけ心配してんのかわかってんの、心配かけさせて面白いのなあアレン、「ラビだからでしょ!」気を削ぐように甲高い声でアレンが叫ぶ。

「ラビだから、ラビにだったら何されてもいいから、いやよくないけど、いいから、こんなに気を抜いて一緒にいれるんだよ、わかってるの!?」

「………」

わかってなかった、けどさ。

急にあらゆる気力を取っ払われた気がして、俺はアレンの上から体をどけた。即座に起き上がって服のボタンを丁寧に閉めたアレンが、俺の顔を見ないまま鳩尾に見事なパンチ1発。いってぇ、と呟く暇も無く第2撃が脳天に落とされる。

「馬鹿」

「うん」

「馬鹿、ラビの馬鹿」

「うんごめん」

見事に気の入っていない謝罪でも、今の俺には精一杯だった。
俺ほんと何してんだろ。今ならアレンも殺せるって思った。突然思い立った俺が中枢神経すっ飛ばして口を開く。「なあアレン、俺には殺されてもいいの?」一見関係なさそうな台詞に聞こえるだろうけどあれだけ無防備に過ごされちゃこんなことも思ってしまうだろう。
するとアレンは一瞬きょとんと目を瞬かせると、何言ってるの、とまた俺を馬鹿にしたような目で見下ろして呟く。

「困るよ。でも、別に構わない」






#005


たった一握りの


デッド オア アライブ












20070820