俺が西部に属していなければよかったのに。俺がルーキーにならなければよかったのに。俺が転校なんてしなければよかったのに。俺がセナを助けなければよかったのに。俺がセナに出会わなければよかったのに。
俺たちの距離は、こんなにも遠い。
手を伸ばす距離にはあいつがいるのに。
足を伸ばせば届くのに。
声だって、何だって、当たり前のように届く距離にいるのに、俺にとっては太陽と地球ほどの差があるように思える。触れられない近づけない声をかけられない。
「アメリカに行くんだ」
アイシールドとしての実力、そしてヒル魔の画策力を買われてアメリカへの留学が決まったセナの短い言葉。
俺にとってはこれから死ぬと等しい。追いかけていくこともできない俺。
ああ俺、何してるんだろう。何だよそれ、ふざけんなよって言えよ。俺は今初めて聞かされたんだ。そんなの、許さない。遠ざかるなんて許さない。もう、隙間が無いくらい近づけたと思ったその瞬間に引き離されるなんて、何の拷問だよ。どこにも行くなよ。いくなよ、セナ。
「寂しいけど、少しの間、ばいばいだね」
お前にとっては少しなのかよ。俺にとっては少しなんかじゃねぇよ。少しの意味、わかってんのか。お前は何年も遠く離れてたって平気なのかよ。ふざけんなふざけんなふざけんな。
「…たまに、手紙送るね。メールもする。陸、元気でね」
なんだよそんな勝手な言葉。俺は認めたつもりは無い。快く送り出してやるつもりだってこれっぽっちも無いんだ。メールが来たって手紙が来たって元気でいられるはずがない。そばにいてこその、セナなのに。俺が、お前なしで、元気になれるなんて思ってんのかよ。
とんだ思い違いだ。握り締めた拳に痛みが走る。爪が食い込んでいるのかもしれない。
「……それじゃあ」
「、セナ!」
搾り出した声はやけに引きつっていた。
一方的な別れの言葉の後に、俺の奇妙な叫び声。滑稽だと思う。踵を返しかけたセナは振り返って、俺の瞳を見つめる。いつも、水にぬれたような瞳が綺麗だと思っていた。呼吸困難に陥ったみたいに心臓が震えて、俺はかすかに息を吐き出す。
ふざけんなと、怒鳴ってやるつもりだった。今まで黙ってて、いきなりこんな別れの言葉なんて認めないって。叫んでやるつもりで口を開く。「…がんばれよ」おい、俺何言ってんだ。叫べよ。どこにもいくなって、俺の傍にいろって、アメリカなんて行くなって。俺の精神がちぎれそうなくらい叫びを上げている。傍に居てくれどこにもいかないでくれ、「電話も、しろよ。手紙もメールも、いくらでも送ってくればいいから」なあ俺、何言ってるんだよ。もっと否定の言葉を言えよ。当たり前のように受け入れた言葉なんて引っ込めちまえ。なあ。なあ。どうか。
「……俺は、応援してるから」
なあ。
俺の心が泣いている。俺の、まだ残っているお前への一途な思いが、頑張れよって叫んでいる。あいつが心から欲したアメフトを、俺の傍にいてくれなんて理由だけで切り離すなと、全身全霊で叫んでいる。
「後悔しないように、頑張って来いよな」
…俺は、セナが大好きだから。
お前のやりたいようにやれよと、口先だけが囁いた。一瞬泣きそうになったセナの顔を見て、またどこにも行くなと心が叫ぶ。抱きしめられる距離なのに近づくこともできないで、俺は直立でセナのその不思議な表情を見送った。
「…じゃあ、な」
精一杯の笑顔を浮かべたつもりだったのに、口の両端が引きつるように震えた。セナが微笑んで頷く。ああ、なあ、俺、俺はこれで後悔しないのか?いや、きっとする。後悔する。セナを引き止めなかったこと、心から後悔するよ。それでも、引き止めてもきっと後悔していただろう。だからこれでよかった。これでよかったんだ。これできっとよかったんだ。なのに、なのに。心の中ではまだ叫んでる。俺の傍に居てくれって、どうしたらあいつを引き止めることができるかって、泣きながら叫んでる。
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