リナリー、リナリー、聞こえますか?
そこは戦場です。静かに平等に、死が訪れる場所です。
あなたの頬に傷が走ろうと、あなたの足が裂けようと、あなたの腕がちぎれようと、誰も何も言わない、それが戦場。こちらはもう限界のようです。
だからリナリー、君は頑張って。頑張ってください。あなたの世界が崩れていくなか、あなたの精神が破壊されていくなか、力の限りを尽くしてください。もうこちらには手助けをする手立てがありません。ですから、あなた一人で頑張ってください。
ジグソーパズルのような人間が死んでいくのです。あなたはそれを目の当たりにしながらも、生きている以上力を振るわねばならない。最早あなたの望まない世界を救えるのは、あなたしかいないのです。頑張って。たとえ両手両足がもげようと、首から上が取れようと、目が見えなくなろうと口がきけなくなろうと、動かせる体は最後まで動かしてください。手助けしたいのは山々です。けれど、先ほども言ったようにこちらはもう限界なのです。リナリー、あなたのように、原型を留めている人間などいないのですよ。お忘れなきよう。あなたはまだ動ける。戦える。ゆえに、体を酷使してください。死ぬまで。ああいずれあなたは死ぬのでしょうけれど、それをあなた自身理解しているのでしょうけれど、世界を救うために自分を捨ててください。あなたが最後の希望です。
ああリナリー、気をつけて。あなたの左斜め下から四十三体、頭上から百五体、左右合わせて千百十三体。動きの速いものばかりです。今は逃げるのが得策でしょうが、生憎と逃げる場所はどこにも存在しません。あなたの動ける範囲に、陸地はもう無いのです。さあ、頑張って。壊してください。あなたを壊しにかかってくるものを壊してください。気をつけて。頭を伏せてください。頭を護ってください。落ちたら、ピラニアのように奴らが牙をむき出して待っていますよ。落ちないでください。ああでも、空気を踏みしめることなんてできませんね。リナリー、それでは、もう終わりです。もう、終わりです。落ちていく。あなたが最後に呼ぶ名前は、それでいいのですか。あなたの兄ではなくて良いのですか。あなた、まるで弟みたいだと言ったじゃないですか。最後に、その名前なのですか。少しがっかりです。それ以上に、とても嬉しいです。そして、悲しいです。その名前を最後に、あなたの、この世界での全てが終わるのですね。

…ああ。

ああ、リナリー、大丈夫ですか?
今、後頭部を思い切りやられましたね。あああ。ぱっくり裂けてしまっている。これはもう逃れようがありません。終わりの時間です。よく見れば左腕が反対方向に曲がってますね。そういえば右足はとっくのとうになくなっていました。君の髪の毛、せっかく少しだけ伸びたのにまた短くなってしまいましたね。仕方ありません、炎に呑まれたんですから。よく頑張りましたね。それでも、やっぱりかなわなかったようですね。尽力してもこれが限界でした。お疲れさま、リナリー。どうぞ安らかに、お眠りください。こちら側で待っています。皆、笑って待っていますから、あなたの世界がまた築き上げられ戻りますから、リナリーも笑顔で来てくださいね。大丈夫、何も怖い事などありません。名前、呼んでくれて、嬉しかったです。それでもこちらにきたら、まずはじめにあなたの兄の名前を呼んであげてください。誰よりも悲しんで、誰よりも心配していた方ですから。のぼれないようなら手を貸します。目が見えないのなら呼びます。耳が聞こえないのなら引っ張ります。手が無ければ背中を押します。大丈夫、何も不安な事なんてありませんから。笑って。

あなたの全てが終わり、あなたの瞼が下ろされます。正しくは、あなたの体が呑まれる、でしょうか。全てが終わりました。全てが。そっと暗闇が落ちる。これで終わりです。
これで、終わり。






#007


とても静かに


幕を破り訪れる暗闇












20070823