縁側に座り、何をするでもなく真っ暗な空を見上げれば、馬鹿みたいに星が瞬く。瞼を数回下ろせば必ず落ちる星を見ながら、自分の体を抱きしめた。夜風が容赦も無く体を冷やす。けれど、冬獅朗が自らの身を抱きしめたのは寒さが原因ではない。純粋に、体が動いただけのもので。
いっそ、恐怖すら覚えた。落ちる星を見ていたら。この世界は、何だ。秩序も常識も、決まりや刑罰も、それは、“生きているもの”が考え付くこと。けれど、自分たちは死をこの身で十二分に味わった死神であり、“生きているもの”ではない。生きているけれど死んでいる、その言葉が皮肉なほどに当てはまる。
死んでいるのに生きているだなんて。自分の腕に脈があるだなんて。脈の中を血液が流れているだなんて。灰に酸素を取り込んで、二酸化炭素を吐き出すだなんて。
まるで、人間のようだ。
ああ確かに昔は人間だったな、と思いつつ、いまだ落ち続ける空をもう一度見上げた。星は、どこへ向かうのだろう。落ちていくのだろうか。こんな、地球ではないどこかで、星が落ちるのだろうか。どこへ行くのだろうか。それともこの星たちも、死んでいるのだろうか。
ふと、気づいた。世界は何だ?今、この世界に生きる自分たちはこの世界を基として動いている。けれど生きている人間達は、地球を基として動いている。世界は、何だ。何が一番なんだ。何を基として、生きるのだ。考える頭が熱を持つ。ぐるぐると、渦を巻くように、いやというほど考えて、考えて、
「……面倒臭ぇ」
コテン、と体を横たえた。
木でできた廊下はひんやりとしていて、温度を持つ冬獅朗の体から熱が移って次第に温かくなっていく。ヒノキのような、ただの枯れ木のような、不思議な匂いがした。けして格調高い、高級な香りではなかった。雨風に晒されて随分と日が経ったのだから、高級なものだったとしても今ではそのかげすら拝めないだろう。いっそ改築でもするかな、と考えつつ視線を持ち上げると、まるで冬獅朗を覆い隠すように大きな影が。
「何してるん?」
「…昼寝」
「夜に?」言いつつも横に座った市丸を、ぼうっと見つめながら冬獅朗はうるせえよ、と小さく呟いた。悪意の無いその拒絶に、はたと瞼を瞬かせてから市丸は軽く笑う。子供のような口調をしておきながら突然大人びて、大人びていたかと思えばまた子供に戻る、この小さな存在が、馬鹿みたいに愛おしい。
ぐうっと上体を曲げて、顔を近づける。身丈の差で、逃れようとしてもあっさりとつかまった冬獅朗の眼前に、狐のような表情。普通狐だなんて間抜けの象徴にしかならないが、この男の場合は“食えない”という意味で使われるものだから不思議だ。
「考え事でもしてたん?」
「……ま、そんなとこだ」
起き上がろうとしてもこの男がいるので、と起き上がらずにいる冬獅朗の考えを知っていながらも退けない市丸は、まさに食えない。しばらく無言で見詰め合っていたかと思えば、ふっと体を離して市丸は薄く微笑んだ。冬獅朗も、引っ張られるように起き上がる。絶望の淵に立っているような、気がした。くらくらと頭が揺れて、床に手をつく。
「思いつめるみたいな子ぉやから、たまには息抜きしぃ」
そう言って市丸がどこからとも無く取り出したのは、小さな瓶。
本当にどこに隠し持っていたのかと頭を抱えて、差し出されたお猪口を手に取る。注がれた透明であるはずの酒が、空の色で真っ黒に染まる。
ぷんと香った酒の香りにまた眩暈がして、打ち消すように酒を喉に流し込んだ。たいして度の強くない酒が、胃に落ちてとどまる。眼前に迫った市丸の唇から酒の匂いがした。
「深い色」
そう言って、手を伸ばして冬獅朗の目を覗き込む市丸に首を傾け、市丸の言うことの意図を汲み取ろうとする。努力も空しく市丸は顔を離した。ずれた視界で、また星が落ちる。ふと、この男は自分が珍しく沈んだときを見計らって訪れるのではないかと、そんな、自分に都合のいいことを考えた。
は、馬鹿みてぇ。と、心の中で小さく呟く。顔を上げると、微笑む市丸と目が合った。
そしてまた影と星が落ちてきて。
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