あいつは、月の光のようだから。
太陽のように強烈な光を発するわけではなく、そう目立つわけでもなく、暗闇にいればぼうっと薄く光るくらいの上品で静かに光を発する。でも月は自分自身で光ってるわけじゃなくて、他のものに照らされて光ってる。けれど夜はその光で誰しもが道を歩く。人工灯が無い場所では、ひたすらに月明かりだけが頼りだ。
だからこそ、あいつはそんな月のようだと思った。決して自分から目立つわけではないのに、必然的に視線を向けられる。誰かの力を借りないとまともに生きていくことすらできないくせに、誰からも必要とされる。世界は月の光で生きている。リナリーの言う世界では、あいつは月のような存在なのだろう。さしずめ、太陽は兄と言ったところか。
俺にとっての世界は、リナリーのように誰かをピースとして構成していくパズルのような世界ではなく、ひたすらに真っ暗だ。何も見えない。何かを軸としているわけでもなく、何かで覆い包むわけでもなく、とても不安定な状態で存在している。その中に、まるで月の光のようにぽっかりと、目立たない程度に光るあかり。それがあいつ。
あいつがいなくなると、俺は困るのだろう。闇の中で何も見えなくて、まるで盲目の人間のように、手を前に突き出し、障害物が無いか確かめつつ歩かなければならない。あいつがいなくても生きていくことはできるけれど、いなくなればまともに過ごすことは難しくなるのだ。
ふと視線を横に向ければ、シーツの上に白い髪の毛を広げて、白い睫毛で影を落として、呼吸の音すら聞こえるか聞こえないか程度に静かに胸を上下させるそいつがいた。俺は20分ごとに呼吸を確認する。胸が上下しているといっても、これもまた微細なもので、定規で測ればわかると思うが、1ミリかそこら。本当に、本当に集中して見ないとわからないのだ。
耳元で囁く。なあ、生きてる?生きててくれよ。お前がいなくちゃ真っ暗だ。返事は無い。
返事の無いその小さな体を胸の中に抱きしめて、本当の月から隠すように、呼吸をするスペースだけをあけてぐっと覆い隠した。なあ、リナリーだってこいつがいなくなっちゃ生きていけないだろ?生きていけることはできるにせよ、なあ、呼吸だってままならないくらい、涙だけ流して生きていくみたいに、虚ろになっちゃうだろ?なあ、ユウも、心にぽっかり穴が開いて、きっともう誰かを真正面から見ることだってできなくなるだろ?なあ。みんなの機能が止まっちゃうんだよ。俺なんて、そうだな、もう、動かなくなっちゃうかも。感情なくなっちゃうかも。そうだよ。きっと、きっと、感情の無い機械みたいになっちゃって、ひたすらに呼吸をしてご飯を食べて排泄をして記録して、そんなつまんないかたまりになっちゃうんだろうな。だからお前がいてくれなきゃ。お前がいてくれなきゃだめだよ。依存っていうのかなこれ。依存でももう何でもいい。なあ、お前が居てこその世界なんだよ、知ってる?だから命を安売りすんなよ。マナのところにいかないで。お前がいっちゃったら、俺は、なあ、俺は。
もうきっと笑うことすらできないよ。
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