人間が一度死に、一度生き返ることの神秘性と驚嘆度と不思議性を考えてみた。
「常識的に考えてありえねぇだろー」
彼はそう言うけれど、僕はそうは思わない。人間は一度死んで、でも生き返ることができるのだ。それはダークマターによる人工的なものではなく、ごく自然なこと。そう例えば、僕の左目のように。じわじわと、這い蹲るように。忍び潜むような、小さなおもい。
じわじわと忍び寄るような暑さにうだりながら空を仰いだ。長袖で体中がサウナに入ったように熱い。どれほどまで汗が出たというのだろう。脱水症状に陥るといけないから水を飲め、と勧められたのはいつだっただろうか。そしてそれを断ってから。
あの時、多少でも貰っておけばよかった。そうすれば僕が生きていられる時間が僅か0.001秒でも延びたかもしれないのに。あーあ、ばかめ。思って、せめてもの日除けとフードを被る。
頬に滑る汗と、目の前に広がる蜃気楼が気持ち悪かった。ふと立ちくらみがして本能のままに背中からやわらかな地面に倒れこむ。倒れこんで、僕の背中を襲うはずだった衝撃はなにやら小さなクッションのようなものに阻まれた。
「は?」
そっと顔を上げると、「は、じゃないさ」呆れたような、ものめずらしい表情をした彼の顔。ぱっと体を起こして首を傾けて、それからまた脳天を直撃した吐き気と暑さに倒れこんだ。
「あ、ぶねぇ。水もらったんか?ちょっと待ってろ、もらってきてやる」
素早く僕の体を冷えたタオルで包み込んで、当たり前というようにキスをした。それから背中を向けて、僕がぼうっとしているものの数秒の間に冷えた筒を持ってくる。病人ではないのに起こされて筒を無理矢理口に押し当てられた。「むぅっ」問答無用に水が喉へ押し入ってくる。
反射的に吐いてから、大きく咳をした。「えほっ、えほっ…何するんですか!」冷たい水のお陰か、多少自由が利くようになった唇を動かしてきっと彼を睨む。
「お前見てたら日射病になってるくらい一目瞭然だろー。応急処置さ」
「ほっといてもまだ死にませんよ」
「わかんねぇだろ」
抱え込まれ、彼の腕の中に閉じ込められる。日の光が遮られた。肩口に触れる陽気を除けば涼やかなもので、耳の隣には彼の胸。とくとくと、規則正しいリズムが聞こえる。
安心してぼうっと口を開いていると、隙を突いて水を飲まされた。いらないって言ってるのに!口を閉じても僅かな隙間から入り込んでくる。
でもしかし、水のお陰だろう。さっきよりは幾分か体調がよくなっていたようだった。
「…死にませんよ」
「しつこいさ、」
彼が少しむっとしたように言ったものだから、本当なのに、と思いながら口を尖らせ、ただ無意識に、どうでもいいことを考える。
人間が一度死に、一度生き返ることの神秘性と驚嘆度と不思議性。彼に問いかけてみるが相変わらずむっとした表情のまま彼は言う。
「常識的に考えてありえねぇだろー」
彼はそう言うけれど、僕はそうは思わない。人間は一度死んで、でも生き返ることができるのだ。それはダークマターによる人工的なものではなく、ごく自然なこと。そう例えば、僕の左目のように。じわじわと、這い蹲るように。忍び潜むような、小さなおもい。
「人はね、死んでも生き返られるんですよ」
「…アレン?」
なんとも不思議そうに彼は僕の顔を覗き込む。僕は無意識のうちにぎょろりと左目が疼いたのを感じた――ああ、あのひとが僕を呼んでいる。薄ら寒い笑顔だと、彼は笑った。
馬鹿じゃねぇの、と言いながら僕の目を塞いだその大きな掌が、震えていたのはどういうことだろう。僕は全くわけがわからなかったけれど、本当はわかっていたのだけれど、何もわからないふりをして無言で息を吐いておいた。
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