ああたぶん――まずさいしょに、緑を植える。
それから水を十分にあげて。微生物が現れるようになったら、それらにもあげられる水を余分に増やそう。すべてのいきものが生きられるように、太陽を照らそう。
だけど太陽が近すぎるから、少し遠ざけて。太陽ばかり動かしてしまうと太陽が疲れてしまうから、月というものをつくって、夜をつくろう。
月に働いてもらっている間に太陽には休んでもらって、そしてその間にはがんばった植物も微生物もお休み。
でも、ちいさないきものたちだけじゃ少し、寂しすぎるから。猫や犬…いや、まず、魚からだ。海をつくろう。そして、海の中にプランクトンをつくろう。十分に水の中が満たされたら、魚を放ってやろう。魚が十分に成長したら、陸に上げて。
やがてけものが地上を動き回るようになったら、そのときは…。そのときは、そうだな。けものが暴れないように、けものより強くて、でもおだやかないきものをつくろう。そうだ、恐竜がいい。草しか食べない恐竜を。けれど、それだけだと地上がおおきないきもので受けつくされてしまうから、残酷だけれど、そのいきものを減らすように肉食恐竜をつくろう。
でもどうだろう。ほんとにそれでいいんだろうか?いや、いいはずがない。
ごめん。だけれど、少し計画が狂ってしまったよ。最初からやり直そう。
洪水で全てを流してしまって、(とてもひどいことをしている)おおきないきものをリセットしよう。そして人間をつくろう――まずはひとり。でも、ひとりじゃ寂しいな。じゃあ、もうひとり作らなければ。けど、人間の生殖機能がひとりでは機能しないから、仕方ない。さいしょのひとりの体の一部から人をつくろう。
そして人が増えて、増えて、豊かな緑を育てて、生きて―――ああなんだ、とても簡単なことじゃないか。
「―――何泣いてるんさ、アレン?」
「…らび」
虚ろな瞳から静かに涙を流しているアレンを見つめて、ラビは傍目から見ても気づくほど驚いた。
うろたえた。どうすれば涙が止まるのかと。いやそもそも、アレンが泣いている理由は何なのだろうと。
とりあえず人差し指を伸ばして、傷ついた左頬の上に滑らせる。なまぬるい液体が皮膚の上でとろりと流れた。嗚咽を上げるわけでも、壊れそうな表情を浮かべているわけでもないアレンのその泣き顔は、陶器でできた人形のようにきれいだ。
「…悲しい事でもあったんか?」
「………」
首を僅かに横に振る、ノーのサイン。
ラビは小さく息を吐く。では何が、アレンを苦しめているというのだろう。人差し指で拭っても拭っても、涙は数秒たてばまた流れてくる。悪循環。結果、ラビはその細い体を引き寄せて抱きしめることにする。選択したばかりの服が湿っていくのがわかった。
「…らび、」
「何さ」
くぐもった声で名前を呼ばれて、ほぼ反射的に聞き返した。アレンの表情はうかがえないが、けして悲哀を含んだ声ではなかったから、ラビもひとまず安心、をする。
どしたんさ、ともう一度問いかけると、アレンはもぞりと動いた。ラビの腕の中からほんの少し抜け出して、顔を正面から見つめる。顔が近い。ほおに熱が溜まってきた感覚にラビは少し舌打ちしたい気分になる。
「ぼくね、神様は卑怯だとおもっていたんです」
「うん?」
聖書でも見たのだろうか、と不安感を覚えるラビを見ないまま、アレンは軽く瞼を伏せた。
そのままラビの肩にこつんと額を当てて、深呼吸する。涙はだいぶ止まっているようだった。もう安心かな、と離れていくラビの温もりにしがみ付くようにアレンの左手が袖を掴む。
「でもちがった。神様は、世界を愛していたんですよ」
「………へえ?」
どういった表情を浮かべたらいいかわからず、ラビは曖昧に口角を上げた。
満足そうにラビの両頬を挟んでキスするアレンに、何かあったのかな、と改めて思いつつ何も意見はしない事にする。
こんなに幸せそうな表情してるのに、なんでそれを壊す事ができようか?
ラビは顔を上げた。
アレンの肩越しに、アクマが見えた。
(神様、ね)
ゆるく左手でアレンを抱きしめて、あいた右手でイノセンスを取り出す。一拍呼吸を置いてから、アクマの悲鳴が轟いた。
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