「アレンくんにね、あげたいものがあったの」

そう言って彼女が取り出したのは濃茶色のウッドボックスだった。
アレンはきょとんと目を瞬かせ、首を傾ける。リナリーの、いつもと同じやわらかな笑顔に思わず微笑み返したが彼女の掌の中の箱の意味がよくわからない。
それは傍から見ても女の子が使うような綺麗な箱で、アレンのようにほぼ男として育った身としては手に取ることすら恥ずかしい。躊躇して笑顔を苦笑に変えると、やんわりその箱を押し返した。

「どうして?アレンくんに受け取って欲しいの。これね、私が小さい頃にもらったものなんだけど」

どうやら冗談でもなんでもなく本気で、ただ純粋に贈り物をアレンにしようとしているらしい。これを無碍に断るわけにもいかず、困った表情のままそれを受け取った。しゃり、と小さな音がして、ほぼ無意識に箱をあける。
罅割れたような音と共に、箱の中で小さな少女が踊りだした。聞いたことの無い旋律にくるくるかわいらしく回る、ビスクドールのバレリーナ。

「…オルゴール、ですか?」

「うん。部屋の掃除してたら見つけたの。思い入れが強いから捨てるわけにもいかないし、持っていてもどうしたらいいのかわからなくて」

「そんなの僕が貰っても…」

「アレンくんに受け取ってもらいたいの!」

ピシャリと言い切られ、ほぼ問答無用で箱を受け取らされた。暢気にバレリーナは踊り続けている。オルゴールの針が数本折れているのか、時折音は乱れた。テンポもまちまちで、仮にもいい音楽とはいえない。けれど、どうしてかアレンはこのオルゴールが急に愛しくなった。
装飾の施されたそれは明らかな高級品だ。気が引ける、という意味合いをこめて困った視線を返したが、リナリーはただ薄く微笑むだけ。
仕方なく微笑んで、蓋を閉めた。途端、割れた音と回り続けるバレリーナが視覚と聴覚から離れていく。

「でも、どうして」

「…なんでも!」

理由を聞いてもリナリーはただそれだけ。それだけ呟いて、アレンの頬を撫でた。わけがわからずされるがままにされているアレンにひたすら笑顔が落ちて、そしてリナリーの手が離れていく。

「大事に、してね」

「……?…、はい」

こくりと頷くとリナリーはまるで今にも泣きそうなほど、くしゃりと顔をゆがめて微笑んだ。つきん、と胸の奥が痛むと同時にリナリーは背を向ける。彼女を引き止めるべきかどうか迷い、結局やめた。
廊下の先に消えていくリナリーの姿を見送り、彼女の姿が見えなくなった後で、アレンはそっと手元の木箱に視線を落とす。相変わらず割れた音に少しだけ汚れたバレリーナ。ころんころん、と鈴の転がるような音がして少女は踊り続ける。
なぜだかそれが一瞬、リナリーを彷彿させた。そしてアレンは顔を上げる。彼女の姿は既に見えない。その一瞬で、アレンは何故彼女が自分にオルゴールを託したのか、そして手放したのか、その理由がわかった気がした。