瞼を開けると、そこにはきれいな色彩があった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返して見返すと、ふうっと安心したような溜息が鼻にかかる。その色彩が少し遠のいて、次に入り込んできた色は簡素な白だった。
僕はどうしたのだろう。ゆっくり首を傾けると、ぽきん、と骨が鳴る。長い間寝ていたのかと思わせるような、かたい体。動かしても伸ばしてもばきばきと体のそこかしこが鳴る。僕の瞳は表面だけ潤んでいて、まるで泣いているようだった。
無骨な指が伸びて僕の頬を撫でる。僕の唇がふるふると震えて「ラ、ビ」かすかな声音と共に吐き出した言葉で、目の前の鮮やかな色はふわっとさらに色づくのだ。

「アレン、アレン、おはよ」

アレン。
耳に残って離れない。僕の名前は、アレン。そうだ、そして彼が、ラビ。思い出す、全てが脳内に逆流してくるような感覚。ラビ。僕は僕の頬にのせられた手をしっかりと掴む。それから笑顔を浮かべた。僕はどうして寝ていたのだろう。見れば体中痛い。傷だらけだ。
見上げた天井の白と、左腕にさされた点滴でそれとなく察した。ああ僕、ここに運ばれたのだなぁ。僕のことなのに僕じゃ無い誰かのことみたいで、頭の中が軽く混乱。
ラビは相変わらず笑っている。笑って、僕の顔を覗き込んで、まるで猫のように僕の首に頬をすりつけて、甘える。その仕草が、思わずいとしくて、いとしくて。

「よかった、アレン、おきた」

拙い口調で呟くラビに、僕は再び笑いかける。
僕が寝ていた理由なんて知らないけれど、僕はどうやら目が覚めるか覚めないかを心配されるほど深刻な状態だった、みたい。馬鹿みたいだね。人間の体はやわだ。一回一回をいとおしむようにキスを落とすラビに、心配かけてごめんねと囁くと、ん、と短い返事。

「アレンしぬかと思った。おれ、ほんとこわかった、」

「うん、うん、ごめんね」

ラビの言葉は掘り下げてみればとても、背筋が凍るほど怖い一言なのだろうけど、あまりに子供っぽく言うものだから僕にその現実味は襲ってこない。ラビの鼻先にキスを落とすと、ラビはかろやかに笑い、声を上げた。
こんな、まるで睦言のような(いや、実際に睦言かな?)ことを言い合いベッドでじゃれる僕たちは明らかに異様、だ。もし誰かが来て、不思議そうな顔をされたって僕は何も言うことはできないだろう。

「おれさぁ、怖くて、こわくて、ねれなくて」

「うん」

「アレンがめー閉じたまんまだからさ、もしかしてこのままかもって」

「うん、うん」

「もし死んだらどうしようかって思った」

うん。僕は呟く。ラビの顔を覗き込むと、やっぱり無邪気。
ほんとに僕が死ぬって心配してたのかな?って思うほど無邪気に、悲しい言葉を呟く。彼は今どんな気持ちで、どんなおもいで表情を言葉を浮かべているのだろう?ラビじゃない僕にはさっぱりわからない。

「ね、ラビ、僕が死んでたらどうしてた?」

「アレンが死んでたら?」

ラビがぽつりと囁き、僕の目を覗き込む。僕の色とは全く違う、とてもとても綺麗な深い色。すいこまれそうだ、と心のどこかで思う。
アレンがしんでたらぁ、とちいさな子供のような口調で呟いて考え始めたラビをじいっと見つめた。よくよく見れば目の下にクマができている。眼帯で覆い隠された右目のその下にも、しっかりクマができているのだろう。
ふと顔を上げたラビは、僕の瞼に唇を落とした。真っ暗になった視界の中では、何も見えないかわりにひたすらなぬくもり。ラビが囁く。

「アレンが死んでたら、キスしてた」

甘ったるい響きにくらくらする。
ラビの瞳はあまりに透明に僕を映し出した。うそじゃないんだ。本能が察知。僕は微笑んで、キス?と問いかける。ラビは頷く。

「キスしたら目覚めるから」

「……、ははっ」

まるで、御伽噺みたいだ。
ラビは頷いて、微笑む。それからまた僕の頬にキスをした。
僕はおひめさまじゃないから目覚めないよ。死んでしまったらそこで終わり。珍しく、自嘲的なその言葉にも、ラビは相変わらず笑うだけだった。

「死んでてもいいよ。それでも俺はアレンのこと好きだから」







死んでも恋をする