適度に良心が痛むものだから先日過保護な病弱隊長に貰った飴でもやろうと思って袂を探った。
随分長い間放置されていたのか、着物の糸くずが所々に張り付いている。この様子では中の飴も蕩けたのだろう、と思って苦笑した。
ぺりぺりと包装紙を剥がし、中から少し形を変えた飴を取り出す。指先がねばついた。拗ねた唇にそれを押し付け、無理矢理放り込む。

「うまいか?」

「………」

無言で首を傾げた様子を嘲笑い、そうか、とだけ返す。
生憎これ以上食べ物を持っていなかった。気をおさめるものは無い。手を伸ばして少し癖のある髪の毛を撫でた。いつもは自分がされる立場なので、少々日頃の恨みをこめて乱雑に。
もう一度袂を探ればさらに飴が出てきたので、もういっそと思い全て出した。それを目の前で不機嫌そうに眉を寄せる彼の、頭上にぽこぽこと落とす。

「やるよ」

「………」

なにするの、と彼は言った。だが生憎聞く予定は無いので。これ以上どうこうしてやる気もさらさら無いので。じゃあな、と言って手を振る。廊下を一歩踏み出したところで、襟首をぐい、と掴まれた。

「なにすんだ」

思い切り乱れた合わせを見つめて歩みを止める。無駄な時間は消耗したくない。ぱぱぱ、と彼の目の前で直すと不機嫌そうな顔が一転して嬉しそうに歪んでいた。
「なに、」気色悪い。何微笑んでんだ。ていうか笑顔がいやらしい。表情に嫌さを十分出すと、彼は気にした風も無く口を開く。

「知ってるかい、人の目の前で合わせを直すのはいやらしいって」

「それ巫女だろ」

「なんだ………知ってたのか」

知ってなかったらどうするつもりだったのか。
さらりと言い切った彼に一種の呆れを覚えてため息を吐いた。こんなトリビア披露してどうするつもりだったのか。知らなかったら彼直々にマナーを教え込まれたのだろうか。ぞっとする。
それにしても何故彼が不機嫌だったのか。それが少し疑問だった。いつになくむくれて、しかも少しだけ悲しそうだったから飴とか与えたけれど。

「あいぜん、やめろ」

気付けば抱きついていた男の背中を叩き、それでも離れないので武力行使。膝を折り、力の限り彼の鳩尾に押し込んだ。鈍い悲鳴は無視。
それでも今度は反抗か、腹筋に力を入れてなおも抱きしめてきた。無駄に筋力のある男は、二度目の攻撃を難なく受け止める。その余裕さが、腹立たしい。

「し、ね」

呟いて横っ面をぶん殴った。勿論顔が見えないので勘で。えてして、戦場で力を蓄えた自分と言うものの勘は恐ろしい。思うようにスッキリ頬に拳が入ったのか、彼はもだえた。自分を抱えたまま。

「しつけぇ」

さらに呟いて今度は力の抜けた鳩尾にもう一発。今度こそ体を離した男にまた嘲笑を浴びせ、これ以上干渉されないように足早に隊舎に逃げた。その際、散らばった飴を全て拾い上げて彼の頭上に再び落とす。音を立てて。少し威力をつけて。
返事の無い屍のようなそれにじゃーな、と声をかけて退散した。

それにしても何故自分はあんなに干渉されたくないと思いながら自分から声をかけたんだっけ。
ああそうだ、あいつが少しだけ不機嫌で、少しだけ悲しそうだったから。






それだけだった