残念ながら十番隊隊長に任命された見た目十歳前後の子供は甘えを知らない糞餓鬼である。
見た目に反して死神歴――及び死んでからの年数は計り知れない。百単位を越すほどの年齢であることは確かだろう。けれど実際のこと、自分たちは年を数えるということに対して頓着が無い。覚えていても、数えていても、全くきりがないからだ。
雰囲気だけ覚えておく。どの死神もアバウトなもので、最近では年齢を問うと「五百年とちょっと」であったり「二百と半分だったかな」などというそのアバウトさすら損なわれるような返答しか返されない。
それは子供も例外ではなく、寧ろ一番酷いものであった。「覚えてない」勿論単位程度までは覚えているだろう。けれどその単位は生きている人間からすれば脅威だが、やはり同格の死神から見てみればまだまだ尻の青い子供なのだ。
それを悟られないように頑張っている(と表せばいいのだろうか、なぜか子供っぽい表現はいただけない)子供はどこかから回っていた。その姿が皆の保護心であったり母性をくすぐるのだ。
甘えればいいのに、と誰かが呟いた。子供は阿呆かと切り捨てた。甘える必要がどこにある。甘えて何がもらえる。媚びて与えられるものに価値など無い。

「…青二才の言う言葉にしては妙に説得力と信憑性があるわね」

「だから逆にイヤ、っていうか」

乱菊はとくとくと「鬼」と達筆で書かれたラベルの貼り付く瓶を手にして猪口に注いだ。徳利にどばどば注いでいるが、まさかアレごといく気だろうか。ぼうっと見ていると案の定胃に流し始めた。

「まあ、それがあの人よね。寧ろ、アレ以外の反応返されると今更だけど困るわ」

「そう、やけど、」

静かに猪口の中身を喉に流し込んでいった。度の強い酒がカッカと胃を焦がすような感覚に痒くなる。
おっちゃんもう一本ー、と隣で乱菊が言った。うげぇ、まだ飲むのか。店のオヤジは威勢よく返事をして屋台の下から瓶を取り出している。

「ボクなァ、そういう賢くて可哀想で面白い青二才大好きなんや」

「賢い20%かわいそう10%面白い70%で、でしょ?面白くなけりゃアンタは興味を示さない」

「…痛いトコ突いたなァ」

べりべりと乱菊が包み紙を取り払う。またもや「鬼」のラベル。この屋台で一番度が強い酒らしいが、何処まで飲む気か。明日も仕事だというのに。
けどあたってる、と呟いてごまかすように酒を飲んだ。そのたび、脳内がクリアに澄んでいく。これを続に酔っている、と言うのだろう。市丸の酔い方は他の者と少し、いや、大幅に違う。

「あの人はね、確かに面白いわよ。ギャップがありすぎて毎度驚くわ。けどね、その分背負う罪悪感も大きい」

「ボク、楽天家やから〜」

「多分そんなアンタにも覆い被さるほどのモンよ」

ぐびりぐびりといい音が隣から。
これは3本目もいくかな…と思って念のため財布を確認した。割り勘で、とか言ったら翌日の三番隊舎には隊長は人でなしろくでなし甲斐性なしと噂が触れ回っているだろう。
容赦の無い乱菊は、しかしあの子供にはひたすら甘い。

「そいや、これは雛森にも言ったんだけどねぇ」

「雛森ちゃん?」

「そ。隊長を悲しませたら殺すわよ、って。あーあの怯えようは楽しかったわー」

「…出た、出た、ドS」

ゴトン!と音がして顔を上げた。乱菊が般若のような像を背後に背負ってこちらを見ている。全開の笑顔。ころされる、と呟いて酒を飲んだ。
彼女の口からこんな物騒な言葉が出るなど珍しい。それほどまでにあの子供に執着しているのか、と思う。これもまた珍しいこと。
ひらひらと空になった猪口を振った。

「心配せんでも、ボクはあの子を怒らせはしても悲しませはせえへんよ」

「……あんたね、気づいてないみたいだけど」

「?」

問答無用で猪口に酒を注がれた。訂正、明日の三番隊には隊長は酒に極端に弱い鶏肉、と噂が触れ回っているだろう。彼女を連れて酒を飲むということほど自殺行為であることを毎度ながら手遅れの部分で思い出す。
乱菊は少しだけ、悲しそうに笑った。とくとくと水が流れていく音を聴覚が受け入れながら、視覚はいっぱいに彼女だけを映している。
なぜかひどく、子供の笑顔を連想させた。

「けっこうウチの隊長、アンタのこと気に入ってんのよ?」

「………初耳や」

「誰がいちいち口にして言うのよ」

それも全くその通りだ、と思いながら頷いた。大人しく猪口に注がれた酒を飲みながら考える。あーでも、嬉しいけど後々困る、かも。
だからあの人のこと置いていかないでね、そういわれたらどうしようかと思った。まだ隣の乱菊は気づく予兆すら見せない。けれどしかし、言われたときの反応はどうするべきかと深く考えた。

「…あー、どうしよかな」

「なにが」

なんとなくぺたりと顔を伏せて眼球だけ動かして空を見上げた。屋台の醍醐味、夜景。酒臭い、と今更ながら思いながら夜空にあの子供の姿を浮かべた。今頃どんな表情をしているのだろうか。きっと、無表情。

(ボクかて未練は残したくないのに)