不機嫌な顔がたまに、本当にたまにだけどふわりと…とか、そんなやわらかい表現だと激しすぎるけど、優しくなるときがある。
その瞬間が、大好きだった。普段では絶対に見ることのできない表情に、ただただ喜びは増すばかりで。
手を伸ばして、自分よりも筋ばった指先を掴んだ。

「ねえかんだ」

「なんだよ」

いつくしむような、瞳に。
唇が、意識もしていないのに綻ぶ。三日月形にしなり、ゆがめられたそれを見て神田もつられたように笑った。

「あ」

途端に目を丸めて。
ものめずらしそうに神田の頬を両手で包む。ひんやりとした温度に驚きながらも、手の力は緩めない。
困惑したような、不思議そうな瞳がアレンをとらえた。深い黒色に吸い込まれそうになって、急いで視線をそらす。
そらしたまま、微笑んだまま、呟く。「笑った」心のどこかがあたたかくて、うれしくて、声はあまやかな色を含んだ。

「もっと笑えばいいのに」

「………」

途端に苦い顔をした神田に笑いかけ、アレンは手を離した。
それから、先程まで触れていた両手を見比べる。というより、じいっと見つめる。
どうした?と問いかけられて、ゆるく首を振った。
そして神田の手に再び手を伸ばし、掴む。

「…どうした?」

アレンの行動の意図をはかりかねて、問いかける。
神田のその、いつもの怒気を孕んだ声ではない穏やかな声に安心しながらあのですね、と小さくつぶやく。

「神田は、つかめるんです」

「…は?」

やっぱりわからなくて思い切り眉を寄せた神田に、アレンはほや、笑いかけた。「つかめるんです。自分の手で」そう言って再び、確かめるように神田の指先から手首までをきゅ、と両手で握り締める。

「ラビは、つかめなくて。僕の手、じゃあ。…でも、神田はつかめる。安心する。神田が、好きです」

それは神田からしてみれば随分と都合のいいことにも思えた。ならば、自分の手でつかめるというのなら、ラビのもとへ簡単に?

思っていたことは案外顔に出るらしい。不機嫌か、はたまた不安かを顔に浮かべていることに気づいたアレンはゆるく首を振った。
考えていることを全て読み取られてしまったことと、余計なことを考えさせてしまったことに対して少し反省する。
気づけば指先を握り締めていたアレンの手を強くつかみ返していた。

喉の奥が熱をもつようにきりきりと痛んで、目元が熱くなる感覚。泣く前の予兆だ、と感づいて目を閉じた。
その、瞼の上にやわらかな唇が落ちる。だいすきですよ、ゆう。大丈夫だからと添えられた唇が、やけに冷えているような気がした。