ラビという人間は醜悪な部分を兼ね持った純粋な人間だと思う。 人間と言うのは一口に表すことのできない難しい姿かたちをしていて、その性格も人間ひとりひとりによって様々だ。それを個性というのだけれど、個性がラビは極端に白か黒かに別れている。 例えば飛び立つ鳥を見上げて心の底から綺麗だと言って微笑むことが白だとすれば、蜘蛛の巣に引っかかってもがき苦しんでいる蝶を見て嘲笑うところが黒。 じゃあこうして僕の首を絞めていながらも泣きそうに顔を歪めているのは白なのか黒なのか?それを知りたい。だから僕は遠のく意識を繋ぎとめる目的と兼ね合わせて思考を繰り返している。 「………」 肌と肌がぎっちりと締め付けあってぎりぎりと音を立てる。 不気味なほどにその動きは完璧で滑らかだ。気管をどう潰せば、圧迫すれば呼吸が完全にできなくなるのかを存分に理解している。骨に親指が引っかかるように交差させて、隙間無くぴっちり絞めるのもポイントだ。 どうして僕はこうも冷静なのだろうといっそ不気味に思ってしまう。いつだってラビに小馬鹿にされたり子ども扱いされたときには野獣みたいに怒っていたのに。 僕、馬鹿みたいだ。人間死ぬ間際が存外冷静だとは知っていたけれど、ここまでだとは。 「……ッ」 ラビ、と名前を呼ぼうとしたのに口からはカヒュ、なんてかすれた音しか出てこなくて、ああ僕の貧弱な気管!いっそラビの指を跳ね返すほどの弾力と強さがあればよかったのに。(言っていてそれもなんだかおかしいと思うけれど。) 僕の苦しそうな顔を見たラビは、僕がいっそ痛くなるほどに悲しそうな顔をした。それから、兎の耳があれば恐らくへにゃりと垂れ下がっている、または伏せっているであろう、そんな表情をして、僕の首にこめた力をだんだんと抜いていく。だんだんと。スピードはけしてはやくなく、どうせ抜くのならはやく抜いて欲しいと願うほどで。 やがて正常な酸素を体に吸い込める頃には、僕の目尻には涙が溜まっていた。知っているだろうか、首を絞められるとどうなるか。まず、息ができなくなる。呼吸が止まれば自然と顔に熱が溜まってきて、両頬がぽっと赤くなる。それから頬に熱が溜まった後は頭がぼんやりしてきて、目頭に涙が溜まってくるのだ。 「ねえラビ、」 今まで潰されていた気管から搾り出された声ったら、まるで蚊のようだった。 ラビはいっそ泣いてしまったほうが楽な、そんな顔をして僕を見ている。かわいそうに、兎の化身。けれどさっきまで僕の首を絞めていた彼の二の腕から下は、まさしく野獣だった。 野獣であるその腕はだらりと力をなくして、彼の膝の横に綺麗に鎮座している。 ラビ、泣いてしまえばいいのに。僕を殺したかったのならば殺してしまえばいいし、愛したかったのなら愛してくれればいい。けれど、泣く事を我慢しないでよ。 僕が手を伸ばすとラビは折れそうな瞳をして抱きついてきた。 「アレンアレンアレンアレンアレンアレンアレン、」 狂ったように僕の名前を呼んで、それから安心したように少しだけ力を抜いて――まるで力を抜いたら僕が死んじゃう!そんな勢いでまた力をこめる。今度は心臓の下を少し強く締め付けられてまた呼気が止まった。 「アレンアレンアレン、おれ、アレンが好きさ」 でもこんな愛し方しかできない。知らない。 と、ぼたぼたと僕の肩口に涙を流しながらラビは続ける。なあ俺どうしたらいい?どうしたらアレンを傷付けずに愛すことができる? そんなこと言われても、所詮僕に自分以外の人間の愛し方なんて教えられるはずがないんだ。 だから僕はそっと彼の二の腕から下、手首を取る。 僕の首に添える。 |