どうやら長門には霊がいる、ということがわかるらしい。
と簡潔に言ってみたが、宇宙人的に説明するとこうだ。人間には周波(本当はもっと違う言い方があるらしいが、俺にわかりやすく伝えるためにこういう呼び名を用いているらしい)っていうもんが始終張り付いている。(俺的な説明でオーラってやつだ)、それが人間の出すものと犬や猫、ライオンとか、そういう動物が出すものではちょっと違って、幽霊となると極端に変わる。動物がやや少なくて人間は普通、幽霊となると極端に少ないか極端に多いんだと。
だから目には見えなくても、周波の数で感知できるのだそうだ。例えば人間がその場に二人いるのに、加えて普通の周波が感知できるのに、極端に周波が少ないのも感知できるとなると、幽霊がいる…と言う感じで。ここは俺が前に言ったところの、生命エネルギーと言い換えてもいいだろう。
ちなみにその周波だが、長門との意見を照らし合わせてみたところ、例えば自分が死んだことがわかっていない霊とか、まだ小さくて魂も未熟な子供の霊とかだと周波は少ない。しかし、強い怨念や現世に思い入れがある霊だと、周波が多い、ということがわかった。だから長門には、まあ大丈夫だとは思うが、びっくりするほど多い周波を感知したら逃げるんだぞ、と言っておいた。強くて悪い幽霊つうものは、別に目の前にあるのが機械だろうが死体だろうが宇宙人だろうが所構わず危害を加えようとしてしまうものだ。
悪戯に幽霊を刺激すると、周波がドンドン増えていく、という例も一応確認した。まあ、長門は感知できるだけで除霊はできないから、何かあったら俺に言ってくれよ、とは言っておいたのだが。
長門以外の人間が霊にどうこうしようと、俺は何も言えないのである。
「怪談話をしましょう!」
なんでもない放課後、なんでもないようにハルヒが叫んだ。
椅子の上に乗り上げてまで言うようなことか、と呆れはしたが、ハルヒは俄然やる気らしい。ていうか今の季節を考えろ、夏もとうに過ぎた秋である。しかも冬に跨いでいると言っても過言ではない。丈の長いメイド服でも寒いのか、カーディガンを羽織っていた朝比奈さんが「ひええ!?」と声を上げた。
長門は一瞬顔を上げ、俺を見る。うーん、しかし、こんなにノリノリなハルヒを止めるとなると、少し骨が折れそうだ。と言うか、無理だ。止められん。ハルヒは俺が霊能力者(みたいなもん)だとは知らないわけだし、ただの一般人である俺がいたずらに霊を刺激するなと言ってもなんだか変な話だろう。ちなみに、怪談話をすると霊が寄ってくるというのは有名な話だ。なんてこたあない真実である。だからあまり俺は怪談話をしたりはしない。
まあ最悪の事態にならなければいいかと気楽に考え、俺は呆れたように溜息を吐いた。
「か、か、怪談話、ですかぁ?」
期待を裏切らない朝比奈さんは、ぷるぷるとチワワのように震えながら瞳を潤ませている。ああなんて可憐なんだ。しかし安心してください朝比奈さん、何があっても俺が守ってあげ……たいところですが、こいつらの前では何も出来ません。すみません。
しかしまあ、夏という絶好の時期は過ぎ去ったし、お盆のシーズンももう過ぎたから、霊が少ないと言えば少ない。怪談話をしても、そう溢れかえるほどに霊が集まる、なんてことはないはずだ。
けれど、ここで一つ気になることが。ハルヒは勿論、このSOS団メンバーはなかなかに生命エネルギーが濃い奴らばかりだ。
強い生命エネルギーは、生気の無い幽霊からすると結構な宝に見える。生命エネルギーの強い人間はとり憑かれやすく、イコール狙われやすい。しかも、怪談話をしているときに寄り付いてくる幽霊というのはなかなかタチの悪いものばかりだったりする。怪談話をして、自分が呼ばれていると勘違いしてやってくる善良な幽霊なんて実は皆無に等しいのだ。例えば腹をすかせた人間の前に、特上霜降りステーキを投げつけてやるようなもの。『バカな人間が幽霊の話をしてるぜ』とやってきて、中に生命エネルギーの強い奴がいれば狙う、いなければちょっと怖い目を見せてやろうとか、そんなえげつないことを考えている奴らくらいしか集まってこない。
(……ちょっと、不安だな)
まあ俺がいる限りとり憑かれるなんてことは無いだろうが…。学校というのはただでさえ生命エネルギーが溜まりやすく、そして霊が集まりやすい。怪談話をしましょう、とハルヒが高らかに宣言しただけで、もう遠くのほうから気配がやってきている。
念のため、机の下で手を組んで、念を放出した。机中心から半径一メートル。そんなに念を放出すると疲れるため、最低限の範囲ですませる。
「さ、古泉くん、電気を消して!怖い話を始めましょう!」
椅子を寄せて机に手をついたハルヒの笑顔を見ていると、何としてでも守ってやらなければな、と思った。
……正直な話、怖い話なんかちっとも頭に入っては来やしなかった。
というか、ハルヒの語り方は上手で雰囲気も出ているのだが、いかんせん俺が体験した出来事に比べるとどうにもちゃちく、また子供騙しっぽい。
俺が祖父…じいさんに味わわされた恐怖の体験でも語っちゃろか。いや、キチガイだと罵られるのが目に見える。おとなしく、面倒かつ適当に聞いているふりをした。勿論机の下では念を放出しっぱなしだ。
「……な、なんだか、さ、寒くなってきましたあ……」
朝比奈さんがぷるぷると震え始めた。
いかん、来てるな。俺の軽い念じゃ弾き飛ばせないような奴だ。「どうしたのみくるちゃん、そんなんじゃダメよ。これくらいは序の口よ」ハルヒが楽しそうに笑うが、お前、朝比奈さんの肩に乗った手が見えてないからそんなことを。
仕方が無いので、テーブルの下で思い切り拍手を打った。ぱぁん、とはじける音がして、朝比奈さんどころかハルヒまで体を震わせる。その衝撃で、朝比奈さんの肩に触れていた手がはじけ飛んだ。
すかさず念を放出し、今度は範囲を広げる。机から半径およそ二メートル。
「ちょ……、ちょっと、いきなり何よ!びっくりしたじゃない」
「すまん、ちょっと虫がいて」
なんだかんだ言いつつ、ハルヒもちょっと怖かったんじゃないのか?……って、自分で語って自分で怖がってりゃ世話ないか。
しかし、いかん兆候だ。今度はハルヒにもなんかが近寄ってきてる。このメンバーの中で一番生命エネルギーが溢れているからだろうか(ちなみに俺は意図的にエネルギーを抑制している)。
ぶるっ、と震えたハルヒが視界に映った。
「……俺、ちょっとトイレ行ってくる」
「は、な、何よ。怖かったの?」
「好きに言え。ていうかトイレくらい素直に行かせろ」
行きたけりゃ勝手に行きなさい!と檄が飛び、俺は肩をすくめながらドアへ向かう。その際、すれ違った長門の手に札を持たせることも忘れない。
長門は俺にしか解らない程度の頷きを返したかと思うと、それをゆっくり机の裏に貼った。
ドアを開ける直前に、小さく呪文を唱える。いや、呪文、なんてかっこつけて言っただけだが、本当は「出て行け」と軽く言っただけだ。じいさん曰く、自分にわかる言葉だったら幽霊にも伝わる、らしい。ようは伝える気持ちが大切なのだとか。
そりゃ正式な呪文や祈祷の仕方も習ったりしたが、ていうかあらゆる分野を学んだが、俺だってできれば簡単なもので済ませたいさ。
長門に渡した札は、貼ったものを浄化させる効果がある。机がまず浄化され、それに触れていたハルヒや朝比奈さん、古泉たちも浄化され、浄化される瞬間に逃げようとした幽霊を文字通り「出て行」かせ、ドアを閉めたあとに俺が念で吹き飛ばす。消滅させるほどに力を使ったら眠たくなるからいやなのだ。
ポケットから取り出したボールペンで、ドアノブの下、ほとんど見えないくらいの位置に侵入防止の呪文を書いた。これはもちろん、ちゃんとしたやつだ。さっきの適当なやつじゃなくて。形としては韓国語とかに似ているが、梵字にも見えるな。だが、じいさんが考えたオリジナルの字だ。本人曰くパクったらしい。
それから適当に廊下を歩き、頃合を見計らって部室に入った。談笑していたらしいハルヒが、何事もなかったかのように「遅かったじゃない!」と言って俺を見る。
うん、部室の中にはもういない……かな。
「そんなに遅かったか?」
言いながら、パイプ椅子に腰を落とした。
視線を横にずらすと、長門がわずかにこちらを見ている。ありがとな、と目で伝えてみたが、伝わっただろうか。かすかな瞬きが返された。
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