悪徳商法に引っかかったみたいな顔で、古泉は淡々と説明を始めた。
一週間ほど前から体が重くて仕方がないと。寝ていても起きていても、体を締め付けられるような苦しみが襲い、最近では一日に二時間も眠れないと。
何かの病気かと思って機関が絡んでいる病院にも行ったが、特に異常はないと言われ、もしかすると不眠症かもしれないと言われたと。
症状がはっきりしないものだから病院でも治療ができないし、どうしたものかと悩んでいたらしい。結構真剣に悩んでいる風だが、さてここで俺がお前を苦しめる原因は霊的なものだといったらどんな顔をするかね。
さすがにキチガイ扱いされたくはないし、ヘタに『機関』の連中に報告されても困るしな。とりあえず今はただの一般人を演じておくか。いや、俺は一応ただの人間で一般人だけども。

「古泉、最近俺はオカルトにはまっていてな」

「はあ」

早速胡散臭そうな目で見られたが、別に構わない。慣れている。
鞄の中から自作の札を取り出して、ひらひらと古泉の眼前に寄せた。あーでもこれ、機関にオカルトオタクになったようですとか報告されても困るな。まあいいか。

「それでだ、古泉と同じような奴がいたんだよ、俺のクラスにも」

「そうですか」

勿論口からデマカセだ。もし仮にそんな奴がいたとしても、俺とは無縁だろうしな。

「そんでそいつが、これを俺にくれたんだよな。持ってたら気が楽になるそうだ」

「はあ……?」

若干古泉が引いているような気もしたが、気にしないことにした。古泉は困ったように長門に視線を送るが、長門は我関せずという様子で本を読んでいる。
まあ持っていたら気が楽になるというのは本当だ。強制排除の札だからな。こんなに貴重な札をやるんだ、いりませんなんてつきかえしてきたときにはもうやらねーぞ。
やはり胡散臭そうにポケットに札を入れた古泉は、帰ってもいいのかいまいちわかりかねる表情で俺を見上げた。すぐに帰りたいと思っているような風ではないから、もうちょっと聞きたいことでも聞いておこうか。
ポケットに入れた強制排除の札のおかげで、みるみるうちに腕が剥されていく。悔しそうにゆらゆらと揺れては近づこうとするその様子からは、執念、という言葉が連想された。意地でも古泉に張り付いて離れないって感じだな。

「ところで古泉」

「はい?」

立っているのも面倒なので、パイプ椅子を引き寄せて腰を落ち着ける。
その間も古泉のもとへ戻ろうとする腕をかるく払いのけて、古泉に向き直った。

「お前、その……一週間前か、それより前に。何か、女性関係で困ったようなこととかあったか?」

「はっ?」

今も古泉の胴体にはりついている無数の手。強制排除の札でも払いきれない無数の腕。生白い、細い、今にも折れそうな手。腕。女特有の華奢なもの。体が重い、というのは間違いではないだろう。これだけの腕が引っ付いていて、重たくないわけがない。
それが一週間前から続いているというのなら、この呪いがかけられたのも一週間前だろう。問題が起きたのは一週間前かそれ以前だ。
古泉は俺の問いかけに、笑顔を崩した。「どうしてそんなことを聞くんです」と、口調は柔らかいものの、どこかイラついているようにも聞こえる。

「聞いちゃまずい話題だったか?」

「……いえ」

「ならいいじゃないか」

この様子ではドンピシャだろうな。聞けば八日前、知らない女生徒から告白されたそうだ。そりゃ古泉だってただの人間だし、知らない女生徒と付き合うような軽さまでは持ってはいないだろう。ハルヒのこともあるし、そんな時間もないだろうし。

「どんな女子だった?」

「どんなって……、何故そんなことを」

「いいから」

半ば強引に話を進めると、古泉は困ったように視線を下げた。人はものごとを思い出そうとするときに、視線を上に上げるそうだがな。
古泉は重たそうに腕を上げて、自分の顎に手を添えた。勿論古泉の腕にも無数の腕が巻きついている。幾分減ったようだが、底からあふれ出てくる、といった様子で腕は古泉に巻きつく。多分感じる重力は相当なものだろうが、腕を上げてしまうのは、多分癖なんだろうな。

「確か……、朝比奈さんほどに髪の長い人でした。黒髪の…。俯いていたので、あまり顔は覚えていないのですが」

「ほう。他には?」

古泉の体に巻きついている腕だけでは、その女生徒の容姿まではわからない。というか、これだけではよくわからないんだよな。古泉と一緒にいたいと思うばかりに腕を巻きつけているのか、どこにも行かせたくなくて引き止めようとする心の表れなのか。

「背は……、涼宮さんくらいだったと思います。腕がとても細くて……、長門さんみたいな感じだったような……」

俺に解りやすく伝えるために身近な女性を用いているのか、それともただ単に 表現する語彙がないのか。古泉に限ってそれはなさそうだが、案外こいつ女性に免疫がなかったりするのか?

「そうか。わかった、もういいぞ」

「はあ………」

何がわかったのか、とでも言いたげな、いまいち状況についていけない様子で古泉は首を傾けたが、俺にはわかったのでもういい。腕が細い、と言ったな。長門くらいの。まあ長門は所謂ガリガリというやつで、そして古泉の腕に巻きついている腕も同じくガリガリだ。やせ細っていて、肉付きの悪い。
これだけわかれば後は独断で捜索できる。死霊のような雰囲気までは感じられないから、この腕は生霊だろう。生霊は生霊で厄介だが、生きている分俺の説得が効くかもしれない。

「あ、古泉、頼みがあるんだが。どうやら、家の鍵をどっかに落としてきたらしい。さっきのトイレにもあるかもしんないから、探しに行ってきてくれないか?」

「え、あ、はい」

「俺は部室と廊下を探すから」

「わかりました」

俺の言葉に従順に、トイレに向かっていった古泉の背中を見送り、俺は古泉の荷物を見下ろした。何か手がかりになるようなものでも入っていればなあ。ここまで執拗な呪いを相手に送るときは、媒体になるようなものがあったほうが定着させやすい。そういうものがあるかと思って探してみたんだが、そういったものはちっともない。面倒だな。ということは、本当に意思ひとつ、感情ひとつで古泉を呪っている、ということだ。そっちのほうがものすごく面倒臭い。

「あと五分四十秒で古泉一樹が戻ってくる」

「……わかった」

ありがとうな、長門。俺はそう言って、再び古泉の鞄の中身を見つめた。
明日の時間割が書かれたプリントと、化学のノート。ひとまずそれに、手をつける。

「今からすることは、古泉には内緒な」

「了解した」

長門が頷いたのを確認すると、俺は胸ポケットから、小さな小瓶を取り出した。