近所の公園のブランコに幽霊が出るので退治してくださいと依頼が来たのは、古泉事件の次の日のことだった。

正直なところ古泉の事件をさっさと片付けたい気持ちのほうが強かったのだが、古泉ばかりにかまけているわけにも行くまい。寧ろ依頼を受けたのだから依頼を優先するのが職人ってもんだ。職人って言い方おかしいか?とにかく、古泉からは正式な依頼を受けたわけでもなんでもないし、優先しなければならない特別な理由もない。札をやったし、まだあと数日は持ちこたえてくれるだろう。

依頼の全容はこうだった。公園のすぐ手前の家に住んでいるAさん(仮名)が最近眠れないらしい。それというのも、キイキイと耳を劈くような耳に優しくない音がするからだと。その音の原因は何だと自分なりに考えた結果、家の中ではなく家の外、向かいの公園のブランコをこぐ音に酷似していると。しかし時刻は夜中の二時、そんな時間に子供が出歩いているわけでもないし、ここら辺は治安の良さがウリで不良やらホームレスやらがいるなんて話も聞かないし、じゃあなぜその音がするのか、風に吹かれただけにしても激しすぎだろうと夜にこっそり見張ってみたところ、夜中の二時ぴったりになると、風もないのにブランコがふらふら揺れるのだという。日を改めて確認しても時刻は変わりなく、また天候にも問題は見られなかった。

そのためそれは幽霊のせいに違いないと、どこからか噂を聞きつけて俺に依頼をしたというのだ。どうでもいいけど意外に俺の情報流されてんな。このままでは古泉、もとい機関にいずれバレてしまうだろう。いやもう若干露呈しかけてはいるが。
俺は承諾の意を表してから、とりあえずは現場検証だとその公園に向かってみた。学校帰り。皆と別れて一人きり。夕暮れ時を過ぎて、もう公園に人はいない。街灯が寂しそうに地面を照らしているだけだ。
母親に遅くなるとメールを打ってから、件のブランコに近づいてみた。まだ揺れてはいない。見たところ誰も座っていないが、確かに念の残滓はある。こりゃ確定だなと思いつつ、頭をぽりぽり掻いた。
ただし面倒臭いのが、その時間とやらだ。――夜中二時。そんな時間にならないと出てこないのならば、俺はその時間までここにいる必要がある。もしくはその時間にここに来なければならない。幽霊を呼び寄せる方法はあるが、このブランコに憑いている幽霊を特定して呼び出すのは不可能だし、何より他の連中まで呼んでしまってこの地に住み着かれたらたまらん。
溜息を吐いて、今日は帰ることにした。もともと睡眠はバッチリとらないと気がすまないタイプなんだ。依頼人には悪いが、もっとしっかり睡眠を取った日に頑張らせてもらおう。



翌日は遅刻ギリギリまで寝て、学校に向かったものの授業はほとんど眠って過ごした。調子が悪いからと言って保健室で一時間休んだくらいだ。ついでに疲れとストレスのたまるSOS団活動は保健室で休んだことを理由に休ませてもらった。長門には事情をわかってもらえているだろうから、うまくはからってくれるだろうよ。
念のため挨拶に向かったとき、先に部室にいた古泉が始終何か言いたげに俺を見ていたが、俺は見なかったことにした。

家に帰るなりまたベッドにもぐり、二時間ほど仮眠を取った。今日寝すぎだな俺。しかし睡眠は大切なんだ、気を蓄えることができるから、強い奴が出てきても対処が出来るようになる。逆にあまり睡眠を取らず、疲れが溜まっている状態だと力が上手く作用せず、憑かれることもありえるのだ。昔修行と称して山道にいる霊全員に除霊をしかけたこともあったなあ。最後らへんで疲れてぶっ倒れて、何体かに憑かれて祖父に怒られたのは良い思い出、なわけがなくトラウマだ。
夢も見ない眠りについた後は、妹に起こされ夕食をとり、風呂に入り、多少時間を潰して出かけるのみだ。さすがにこんな夜遅くに出かけるとなると親が心配するもんだから、あらかじめ窓際に用意しておいた靴を履いて窓から飛び降りる。段々になっている屋根を音を立てないように歩いて、玄関先に着地した。門を開け、自転車を使って走り出す。
ポケットに入れていた携帯がぶるぶると震えた。俺は急ブレーキをかけ、電柱の傍に自転車を止める。取り出したるはシンプルな携帯と普通の携帯。一応プライベート用と仕事用を分けているが、これはプライベート用だな。
電話だ。それも非通知の。こんな時間(ちなみに今は夜の十二時過ぎだ)に非通知なんて、嫌な予感しかしないんだが、俺はこれをどうするべきなのだろうか。取るべきか取らざるべきか。知り合いで非通知からかけてきそうな奴なんて見当たらないしなあ。

「………」

まあここは取っておいたほうがいいだろうと判断して、俺は通話ボタンを押した。非通知、嫌な響きだ。たっぷり時間を置いて携帯を耳に押し当てる。無言。

「………もしもし」

『………』

ザアザアと、雨が降っているような音が聞こえる。顔を上げて空を見るが、雨が降っている様子はどこにも見られない。ああ、違うなこれは、雨じゃない。ノイズだ。テレビの砂嵐みたいな、ザアザアとしたノイズが断続的に続く。嫌な予感がして電源ボタンを押そうとした矢先、ピイイ、と耳鳴りみたいな音がした。

『………ハァー………』

たっぷり呼気を含んだ音。息継ぎ?それにしても長い。悪戯電話にしては長すぎる気もするし、やたら凝っているような気がする。電話口からチロチロと漏れる気に、ああもしやこれは、と思った矢先だった。

『……しな………でェ……』

女の声だ。
ゾッとしたのも一瞬、恐らくは霊、いや恐らくでもなんでもなく霊だと察知して、携帯を持つ手に力をこめる。ザアザア、ハァー。しなでぇ?何を言ってるんだと思いつつ手を組み念をこめかけたら、邪魔するみたいな声が届いた。

『邪魔しなあアァァイでえェェえエ……』

間延びした、文字に起こすと実に間抜けな感じだが、それこそ背筋が粟立つような高い金切り声だった。反射で携帯を離す。これ程度の心霊体験だったら今まで山のように体験していたが、ここまで悪意が含まれたものを耳にしたのは初めてかもしれない。誰だ?

『邪魔しなあイイィィィ……デ……』

キリキリと氷がひしめき合っているような奇妙な音がして、ザアザアノイズがでかくなった。音量を上げたわけでもあるまいにその雑音が続き、聞いていられなくなった俺は静かに電源ボタンを押す。通話は切れない。執念深いなコイツ、と思い、念をこめながら電源ボタンを押した。今度はあっさり切れた。
こんな時間に、いったい誰が。もしかすると、これから俺が行く公園の、ブランコの上に乗っているという幽霊だろうか。それなら辻褄が合う。
だがしかし依頼だからな、いくら来て欲しくなくても俺は行かなくちゃいけないんだよ。わるいな、と思いつつ再び自転車にまたがった。
そろそろ助手とか欲しいなあ、情報収集やってくれたり俺がいざってときに補助してくれるような助手が。長門に頼んでみようかなあと考えてみたが、それだと長門に負担をかけちまうことになる。やっぱいいか、と考え直して、ペダルを思い切り踏んだ。