「お前、私の事好きなのカ」
「んなわけねーだろがィ俺はロリコンじゃねーぜ」
そう、それは、ただの軽口。
じゃれあい、おふざけ、たわむれあい。
僕には何の関係も無いのに。私はそれを今まで笑ってみていたはずなのに。
万時屋と真撰組が関わり合うことは多い。
普通、一般市民(になりきれていないが)と警察が戯れ合うなんて無いことだ。
勿論これは万時屋だからこそ。普通の人間ではないのだからふざけ合いもいつものこと。
唯一万時屋で常識人の新八は、それを諌める立場にあった。
恋をした。
真撰組隊長、沖田総悟。
いつの間にやらお互い惹かれあって、いつの間にやら傍にいるのが当たり前になっていた。
それは誰にも知られること無く、ひっそりと佇んでいて。
そして沖田との逢瀬は、次第に万時屋と真撰組の接触を伴うようになり。
自然にいざこざが起きるのであった。そして今日も。
「オイいい加減そこどけ。通れねーだろが」
「はいはい多串君落ち着いて〜瞳孔開ききってるよ」
「うるせえェェェ!人の瞳孔にケチつけてんじゃねェェェェェ!!」
まず土方と銀時の言い争いが始まる。
今まではこれもいつもの行事だと割り切っていた。止めるのも止めたが、次に始まる決戦に備えてあまり力は入れなかったし。
そう、次の決戦。花見以来妙に戦うことが多くなったこの2人。
「いやあの娘には花見の時の借りがあるもんで」
「やめてェェェ総悟!!お願いそのバズーカはやめて!!俺の首飛ぶから!!本気怖いから!!」
「うるさいネゴリラ、少し黙るヨロシ」
「あってめ人の大将になんて事を〜(棒読み)」
そして殴り合い蹴り合いに発展する。
これが以前まではほほえましい(?)光景だったのに。今見ると、何故か嫌な気分になった。
「…?」
手をぎゅっと握って不思議な顔をする。
こんな気分今まで味わったことが無い。未知の感情におびえて、つい肩が震えた。
目の前の殴り合いはいまだ止まらない。その間に続く言い争いが、不意に胸に突き刺さった。
「お前、私の事好きなのカ」
「んなわけねーだろがィ俺はロリコンじゃねーぜ」
ばきどかすかぼこどこばこんばこん。
耳に痛いその殴り合いも、今は耳に届かなかった。
そんなものよりも、その言い争いのほうが耳に痛くて。
(…)
一応新八と総悟は世に言う「恋人」で。
だから、その相手が違う子に「自分のことを好きなのか」と聞かれて否定してくれるのは嬉しかった。
嬉しかったのに。どうしても、胸が痛かった。
「…ちょっと僕、帰ります」
傍で自分と同じように静観していた山崎にそれだけ言ってこの場から離れた。
離れたかった。どうしても、自分が何でこんな気分でいるのかわからなくて。
「え、ちょっ、新八君!?真面目な突っ込みがいなくなったら僕どうすればいいの!!!」
背後から聞こえる声もフェードアウト。
ごめんなさい、と小さく呟いたが、きっと誰にも届いていない。
「…」
前も見ずに走っていた。
気付けばそこは良くわからないが花畑で。近くに民家があることから、誰かの栽培床なのだろうなと推測する。
綺麗、と呟く。その声が思いのほか震えていた。
(何で)
心の中で自問する。勿論答えはわかりきっている。
嫌だ、と思った。心の底から嫌だと、怖いと。
気付いてしまった。意外に早く。自分は神楽に「嫉妬」しているのだ。
(嫌)
神楽も総悟も皆大好きなのに。そんな風に、嫉妬してしまうのは嫌だ。
自分が汚い存在に見えて仕方なかった。その場にしゃがみこんで、体を抱き寄せる。
目の前で揺れる花々が儚く見えた。今にも折れそうで、風に吹かれたら飛んでいってしまいそうだ。
息を呑んで、目の前の花に手を伸ばした。お願いだから飛ばないでと。まるで自分のようだ。
此花が飛んでいってしまったら、自分も何か壊れてしまうのではないかとおびえてしまった。
目からぽろぽろとこぼれる涙も鬱陶しくて。
「止まって…」
「止まってよ」
拭っても拭ってもこぼれる涙に、もっと悲しくなる。
「何をお泣きだィ、お嬢さん」
不意に落ちてきた言葉に、一瞬涙が止まった。
「沖田、さん…」
振り返ってそう呟く。
いつもと変わらない飄々とした表情が、今は痛かった。
急いで顔をそらし逃げようとする。追いかけてきてくれたことは嬉しかったが、今は話したくはなかった。
足を上げた瞬間、見計らっていたように抱きすくめられる。足の力が抜けて、再び倒れこんだ。
温かい温度を背中に感じて、目を閉じる。耳元に息がかかって思考がうまく働かない。
「何か、嫌なことでもあったのかィ」
「…っ」
わかって言っているのだろうか。
それだとしたら物凄い確信犯だ。絶対絶対睨んでやる。
ただの勘だけど、絶対沖田は笑っているような気がした。いつもと変わらない温度がそれを裏付けるように震える。
ぎこちない動きで体の向きを変えると、少し沖田が離れた。顔を上げれば顔が見える。見上げた。
「…」
「…」
―――一応、予想は当たっていたけれど、何で、
「物凄い笑ってるんですか…」
「…だって、なァ…」
沖田は笑っていた。これは新八の予想通り。
けれどその笑い方がいつもと違った。にやりだとかそう言う笑いではなく、無邪気におおらかに笑っていた。
子供がほめられた時にするような笑みだ。見慣れない。
くくく、と忍ぶ笑い声に、つい頬も膨らむ。拗ねたと感情を素直に表現すると、悪ィ悪ィと全く悪びれていない笑い声が聞こえた。
「…何なんですか…」
ぽすん、と肩に頭を預けると、さらりとした柔らかな髪の毛の感触が耳に伝わる。
それでも尚彼は笑っているものだから、ふてくされるのもしょうがないというわけで。
「…だって、お前ェ…」
ぷくく、と言う笑い声に相槌を打つように沖田は囁いた。心底嬉しくてたまらないと言うような声だ。
「―――やきもち焼いてくれたんだろう?」
―――そうですよ。
神楽ちゃんに嫉妬しました。
嫌な気分になりました。
だから逃げました。
目の前で笑う(正確には頭の横で笑う)沖田に、あえて何も返さない。
それを肯定と受け取ったらしく、沖田はまた嬉しそうに笑った。その笑い声が気に入らないとばかりに涙目で睨みつける。
「おぉ、怖ェ怖ェ…」
笑いながらも人をおちょくるのですか。
かっと頭にきて、手を振り上げた。頬に打ち込んでやろうと思った瞬間、唇をふさがれる。
「むっ!」
ついでと言わんばかりに見えていないはずなのに手を止められた。手首をひんやりとした温度が包むこむ。
驚いて開いた唇の中にするりと舌が入り込んできて、もういっそ噛んでやろうかと思った。
それなのに体は動かない。目からは力が流れるように大粒の涙が流れる。
「んっ…、」
片方の手で押さえつけられた頭と頭は離れない。
漸く、ふっと熱が離れていった。
仕返しと言わんばかりにごしごしと口元を拭いてみる。あー何してんだィと少し拗ねたような声が返って来た。いい気味だと思う。
その瞬間また抱きしめられた。目の前が真っ暗になる。
「好きでさァ」
唐突なそれに、何を言っているのか全く解らなかった。
頭の中で理解するのに最低10秒はかかった。
「好きです。アンタ以外好きにならねェ、ぜーったいならねェ。絶対って言ったからな今。かなりやべェこと言ったからな。」
(な、)
いきなり何を言っているのか。
「言っただろィ?俺は「ロリコンじゃねー」って」
あんなチャイナ娘守備範囲にも入ってねーんでさァ。
大きな手のひらが新八の髪の毛を撫でる。
涙がいつの間にか止まっていた。
「俺は、お前がやきもち焼いてくれて嬉しい」
「…」
「でも、俺はお前意外見てない」
解放される。
開けた視界に、薄い色の髪の毛が流れていた。
「お前意外を好きにならない」
視界の端で先ほどの花が飛んだ。
ふわりふわりと流れてどこかへ―――――――。
俺がお前意外を好きになることなんて、地球が滅びるよりもありえねェことなんでさァ。
耳元で響いた声に泣きそうになって目を閉じた。
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