時折、場違いなほどまでにこの空間に違和感を覚えることがある。
それはどうしてだろうと原因を探ってみても、考えてみても、求める答えは出てこなくて。曖昧でも参考程度になる答えならいいのに、それすらも出てこない。
仕方なく考えることを放棄し、違和感を受け入れることにする。不快感とそれから疎外感を感じずにはいられないが、自分にどうにかする手立てなんて無いのだからどうしようもないのだった。
手持ち無沙汰に机の上の書類を手にしてみるが、集中できない。仕事に私情を持ち込んではいけないと自分が常日頃部下に言っているものだから、この体たらくは本当に許せないものだった。




To pieces
ずたずた








「…松本」

最早最初から仕事をするつもりもなさそうな部下に声をかけ、やたら癪に障る返事を耳に入れてから立ち上がる。その様子をみて初めて仕事をする瞳になった彼女はどうかしたんですか、と真面目に声をかけた。

「休憩に行く。すぐ戻る」

手短に用件を伝えると返事も聞かずに部屋を出る。
静まり返った廊下を歩きながら、静かに瞼を伏せた。様々な霊圧の気配を感じながら、そのままふらふらと間近にあった柱によりかかる。考えれば考えるほど頭が重くなっていくようだった。この違和感の正体は。

(…めんどくせぇ)

知恵熱だろうか。
いつになく重く熱い額を押さえて、しかし思ったより熱が伝わらなかったことにより熱ではないのか、と思いなおす。
それもそうかもしれない。隊長格に就いてから、風邪なんて片手で足りる程度しかかかったことはなかったから。
顔を伏せて、数を数える。すぐ戻ると言った手前、ここで眠るわけにも行かなかった。風が頬を擽り、流れていく。
緩慢な様子で片手を持ち上げ、目元を押さえた。途端に真っ暗になる視界に、数えた数が浮かび上がる。考えれば考えるほど泥沼だ。今日は仕事になるのだろうか。
確か今日は飲みに出ると言っていた副官を思い出し、残業を押し付けるのは可哀想だと思った。なおさら仕事を休むわけには、と考え目を開ける。

『 日番 谷  は ん 』


――ふと、耳元で声が聞こえたような気がした。
目を見開いて耳を掌で押さえ込み、何も聞こえなかったかのように振舞う。今最も聞きたくて聞きたくなかった言葉。ぞわりと、悪寒のようななにかが背中を這う。その感覚と、違和感を無理矢理受け入れる感覚がそっくりなことに気づいて息を呑んだ。
思い出してしまうと後は簡単なもので、背中をざわざわと様々な感情がない交ぜになったものが駆け抜ける。もたれていた柱が急激に温度を冷やしてしまったようで、肩を離した。

『  と   う し  ろ    う 』

まるで状態の悪い通信機のように。
ノイズまじりに駆け抜ける。耳をふさいでも内から響く声だと理解しているから無駄な行動は起こさなかった。しばらく耳鳴りの如く響いていた声は次第に遠くなり、余韻を残して消える。
それと同時に、心の中で何度も引っかかっては不快感を齎していた違和感の正体も理解できた。最も理解し難い感覚であったけれど。

(この違和感の正体は)



『――――好きやで、冬獅朗はん』



俺を裏切ったお前への。












(いっそ知らないままがよかった)