1ヶ月ほどの疲労が今日いっぺんに襲い掛かってきたようだ。
しかも、その疲労は恐らく長い間続く。それを想定して余計疲労した。ぐったりと重い体をなんとか動かして布団に転がり込む。
そして、風呂に入っていないことに気付いた。正直、汗だらけで体は気持ち悪い。なんとしてでも体を洗いたい、けれど動きたくない…と葛藤を繰り返している自分に嫌気がさして起き上がる。甘えは禁物だ。
こういう、咄嗟の判断に迷いが無いところは自分自身の長所ともいえるのだろう。着替えを持ち、肌寒い廊下へ出る。
そして、はたと足を止めた。今の自分はどちらの湯に入ればいいのだろう。女湯か、はたまた、男湯か。十番隊舎専属の湯殿で、どう言って入ればいいのだろう。そりゃ男湯と言わなければならないのだが。

「………」

空を見上げる。今の時間帯、言ってしまえば深夜では、あまり他の死神もいないだろう。ならば男湯でも問題は無いか、となんとなく安堵してまた歩みを再開した。とろつく足元をなんとか叱咤して進む。膨らんだ胸元が鬱陶しかった。







なんの問題も無く受付を通り過ぎれたことにいまいち納得のいかない顔をする。仮にも自分は女になったのだ、それをちっとも、小指の第一関節ほども気付かれないのはどういうことか。普段そんなに女らしい顔をしているということか。
幼児体系だから気にならなかっただけか。いずれにせよ、腹立たしい。
からりと脱衣所の戸をあけて、小さく息を吐く。やはり誰もいなかった。手早く衣服を脱ぎ、下から二番目の棚に入れる。それから松本からもらった大きなタオルを一枚手に持つといよいよ風呂の戸を開ける。
篭る湯気に眉を寄せ、つとめて早く体を洗った。特に汗をかいた背中を中心に。湯が流れる音がする。
それからゆっくり立ち上がり、湯船に浸かった。このまま寝てしまいそうだ。今にも閉じそうな瞼をなんとか持ち上げ、ん、と小さく呻る。

そのとき、背後で戸が開く音がした。

「!!!!!!!?」

咄嗟のことで身が固まる。もし背後にいるのが下級死神や席官であったのならば鬼道でも何でも使って記憶を消す!と勢いづく冬獅朗の後ろで、なんとも間抜けな、しかし冬獅朗にとっては最低最悪な声がした。

「お邪魔しますわ、日番谷はん」

(い ち ま、る!!!!?)

途端にどっと汗が湧き出る。背後でかたかたと桶の鳴る音と裸足でタイルの上を歩く音。まずいまずいまずい。ひたすら頭の中で警鐘が鳴り響く。
何も言わないでいるとうっかり顔を覗き込まれるかもしれない。という恐怖から、ああ、と短い返事を返す。
そして背を向けたまま、できるだけ低い声で問いかけた。

「何で、ここで…」

返事は早く返って来る。

「あァ、三番隊の湯殿がなぁ…ボクが入る頃に丁度閉まったんよ。受付の穣ちゃんが何か、体調崩したみたいでなぁ。せやかて開けろ言うわけにもいかんし、他の隊の湯殿もだいたい閉める準備しとるし、ほな、て見たら十番隊のとこに灯りがついとったから」

それを聞いて無理に十番隊の湯殿だけ長引かせているのか、悪いな、と思うより先になんてタイミングが悪いと頭を抱えた。

「…そうか」

短く返事をして、さてこれからどうしようかと思い立つ。
このままでは間違いなく市丸は湯船に入るだろう。そうすればうっかり体を見られるなんてことも十分にありえる。がたがたと焦りとその他諸々の感情で揺れ動く体をいさめて、深く深呼吸した。
ばしゃん、と水が床にぶつかる音と、かすかに首を振るような音。水を上から被って首を振って水気を払ったのか。犬のようなことをする、とどこかで考えて口元に笑みを浮かべる。

「笑うとる?」

「わかったのか」

「気配が、ね」

きゅ、と床を鳴らす音に歩いてきている、とどこかで思った。咄嗟に膝を曲げて抱え込む。こうすれば少なくとも、胸元は見られない、はずだ。
ばしゃ、と自分より何倍も大きな質量が増えたためか湯がざわめいた。跳ね上がった飛沫が顔に飛ぶ。市丸がどこかでごめんなぁ、と呟くのがわかった。
気付けば彼は回り込み、正面に座っていて。

「なんで正面なんだよ…」

「いや?」

「いや」

「かわいくないわァ」

「かわいくあろうと思ってねぇよ」

即座に切り返し軽く睨んだ。
湯で重力の増した髪の毛は、いつもとは違ってへにゃりと垂れ下がっている。それを見た市丸は喉の奥で笑い、口元を軽く拳で隠した。

「そうしとるとキミ、女の子みたいやね」

いつもならここでふざけんな阿呆かてめぇ!と拳が飛んでくるのだが、しかもそれに対して身構えていた市丸はいつまでたっても怒声も拳も飛んでこないことにそうっと構えをといた。
静かに、膝小僧を見つめる冬獅朗のその普段より覇気の無い表情に首を傾げる。

「日番谷はん?」

「……くだんねぇこと言ってんじゃねぇよ」

ぽつり。呟いた冬獅朗は、背にかけていた大きなタオルで体を隠すなり湯船から出た。
その華奢な背中にまたもや違和感を感じて市丸はさらに首を傾げる。
ぱたりと閉じられた戸の向こうで、先に上がる、と冬獅朗が呟いたのが聞こえた。