「…………」
どうやら様子見ということで隊舎に帰るよう言われたが、頭痛の鎮静剤と吐き気止めをもらっただけで特に大した助言は得られなかった。
まあ中途半端に恐ろしいことを言われるよりはこれのほうがいいか、と無理矢理自分を納得させる。それから薬をそれぞれ1錠ずつ口に入れた。
枕元に置いてあった水を飲み干し、ゆっくり呑み込む。喉をカプセル状の固形がずるりと流れていった。どうにも薬には慣れない。
部屋から出て行く直前、卯ノ花が何か言いかけたのが気になるところだ。とても、何か言いたそうに口を開いて閉じた。あれは何だったのだろう。追求してもきっと彼女は自分の意思が言わないと決めたのなら言わないに違いない。
四番隊舎を出ようとした瞬間、ふと前方に大きな影が落ちた。「?」反射的に顔を上げる。と、そこには見慣れた狐の顔。
「市丸……」
「顔色、ちょっとは良うなったね。大丈夫?」
「……ああ」
まさか自分が運ばれ処置を受けていた数時間、ずっとここで待っていたというのか。もしや自分をダシにしてサボったのでは、と思ったあたりで冬獅朗は怒りに眉を寄せた。その表情で伝わったらしく、サボリちゃうよ〜、と妙にとろい返答がされる。
疑わしいままとりあえず頷く。無視して隊舎へ足を運んだ。足音と霊圧から後をついてきているのがわかるが、何か言うべきかはわからない。
ついてくるなと言う権利は無いし、市丸も偶然でこっちに向かっているだけかもしれないし。
「……………」
「……………」
コンパスの差で、冬獅朗のペースと市丸のペースはひどく変化する。それでも市丸が冬獅朗を抜かない、ということはそれはつまり冬獅朗の後を追っているということ。なんだか心臓あたりがむずむずして落ち着かなかった。ぴたりと足を止めて振り返る。同じように市丸も立ち止まる。
「……ついてきてるのか?」
「気にせんといて」
気になるわ!と思いながらも、一応口は慎んでおいた。自分を四番隊に運んでくれた恩人はこいつであるし、と無理矢理怒りを押さえ込む。とてとてと気が抜けるような足音が背後で響く。
もらった薬がかさかさと音をたてた。結構な量だったが、これはいったい何日間飲めばいいのだろう。それなりに危なかったのだろうか。明日また時間が空いたら四番隊へ行こうと心に決めた。
市丸は無言で後をついてきている。
「………松本に用事があるなら行けばいい。さっさと俺を追い越せ」
だめだ、我慢しきれねぇ。心の中で呟いて市丸に向いた。言われた市丸はきょとんと目を丸めると、いつものように心情の読み取れない笑顔を浮かべてぶんぶんと首を振る。
「今日は君に用事があるんや」
「……話なら聞いてやる、が、後ろをついてくるのはやめろ」
「じゃ手短に」
言うなり市丸はその長身をゆっくり動かし、冬獅朗の前に立った。50センチほどの差からか、冬獅朗の首の後ろにやや鈍い痛みが広がる。見上げれば逆光で市丸の顔は見えなかった。
ただ、底冷えするような冷たい空気が足首にかかる。
空気の震えでわかる。市丸は笑ったようだった。
「…君、何を隠しとんの」
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