「松本、どう思う」

「は?」

飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、急いで呑み込んだ。
今しがた自分が言われた言葉を反芻してみる。彼は自分に意見を求めた。確かに、求めた。
目をぱちくりと瞬かせて、「何がですか?」ようやく疑問を口にする。彼がひらひらと翻す書類に気づき、ああ、と頷いた。

「私にはさっぱりです。隊長はどうなんですか」

「わからないから聞いてるんだ」

久しく聞いた気がする。彼の、わからない、という言葉。
そして珍しく苛立った姿。普段は冷静でいつでもすました顔で、怒りを感じてもこんなに露にすることなど無いのに。

「くそっ、」

「どうかしたんですか」

立ち上がりついでに玉露のお茶を淹れようと背を向けながら問いかける。
彼はかりかりと頭を掻きながら、短く呻った。湯飲みに茶を淹れ、机の上に置き、ソファに戻る。
礼もそこそこに湯気の出た茶を飲み込んだ彼はその熱さに驚いたようで、目を大きく見開いた。

「ああ、もう。そんな急に飲んでどうするんですか。喉やけどしました?大丈夫ですか?」

今水持ってきますから――、そう言いかけて、動きを止める。それから、顔を真っ赤に染めた彼を見つめて軽く目を見開いた。
いつも気丈な彼の顔が、今にも泣きそうで。

「………たいちょ、う」

自分でも予想がつかないほど弱弱しく名を呼んだ。
気丈な瞳がこんなにも弱く脆く見えたことなど今まで無かったような気がするから。どうしたんですか、と吐息のような声で聞いてみる。彼は何も言えない。
小さな両頬を掌でしっかり固定すると、正面からその大きな瞳を覗き込んだ。再び同じ事を問いかける。

「…………俺、…情けねぇ………」

呆然として動きが止まった瞬間、その隙を逃さず彼は手を外した。
数秒後にはもういつものあの、凛とした輝きを放つ迷いの無い瞳で。今の一瞬の弱みなど無かったかのようにすっと立ち上がり、湯飲みを片付ける。
それ、私がやりますよ。そう言う前に行動した彼は、そのまま片付いた書類を小さな手で抱え上げた。

「…視察に行く」

「!隊長…」

立ち上がろうとした瞬間、ふと額に衝撃を感じて腰から力が抜けた。
それから全身を電流のような痺れが走り、ようやく鬼道をかけられたのだと感づく。「たいちょ、」声にしたつもりだけど何も聞こえなかった。

「情けないところ見せて悪かったな、松本。すぐ戻る」

制止の声も出せないまま彼は背を向ける。
一体どうしたっていうの。何を焦っているっていうの。

そういえば昨晩、幼馴染から何か忠告めいたことを言われたっけ。

『今日番谷はん重役任されててなぁ。焦ってるみたいやから乱菊、サポートしてやるんやで?』

『わかったわかった』

酒を飲みながらだったからだろうか。特に考えもせず覚えようともせずそのまま脳内のいらない記憶保管場所に一時的に置かれていたらしい。
まだしびれる腕を力の限り持ち上げて、戸に手をかけた。

「隊長………」



今思えば。
どうしてあの時、かけられた鬼道を無理矢理振り払って痺れる腕でも脚でも駆使して追いかけなかったのだろう。

ひどくひどく後悔した。