なぜだろうか、ある一定の場所に足を踏み入れてからどことなく、視線を感じる。
思い違いかもしれない、その程度のものだ。さわさわと、肌を視線がねめつける感覚。気色が悪いと一人眉を寄せる。
ただし、霊圧は全く感じなかった。肌を突き刺すピリピリとした殺気も勿論無く、あるのはただ視線。それだけ。

「…霜天に坐せ」

ぽつり、口にする。「氷輪丸!」刀を引き抜いた瞬間、体の回りにはりついていた視線がぎちりとその濃度を増した。
ただ直感的に、思う。来る。

「!」

背後に気配を感じて刀を振り下ろした。かすかに、何か薄皮一枚削ったような感触が指先に伝う。舌打ちをして今度は右方向に現れた気配を斬り付けた。けれど感触は無い。

(なんだ、なんでこんなにたくさんの、気配が、)


何かが腹にぶつかった気がして、冬獅朗は目を見開いた。それから、軽く閉じた。痛みは無い。相手の打撃攻撃だろう。猪口才まねを、と呟いて斬り付けようと腕を振りかぶる。

「…?」

かくん、と腕から力が抜け落ちた。
じくじく。腹が熱を持ち、どうしようもなく熱い。熱い。熱い。動きを緩めて視線を下ろす。

「―――……どういう、こと、だ」

気づけば腹部から、半端ではない量の血液がばしゃりばしゃりと流れ出ていた。
それを認識した途端、意識が遠のく。ここで意識を失えばどうなるかなんて冬獅朗はとっくに理解できていた。けれど、どうやって抗えばいいのかなんてわからない。
背中から地面に倒れこみ、強かに打ちつけた傷口を抱えてのた打ち回る。それから仰向けに転がり、空を覆い隠す影を目にとめた。

「……ッ、…」

襲いかかる死の感覚。それに耐えるため目をきつく閉じた。こんな失態、最悪だ。最低だ。松本、すまない。本当に、すまない。
ひたすらに心の中で謝罪を繰り返す。虚と思われる敵の、何か触手めいたものが腹をごそごそと探る感覚が気持ち悪く、小さく呻った。
内臓を食われるか。骨まで食い尽くされるか。これでは、残骸すら残らない。
もう一度副官に謝罪をこぼし、歯をつよく噛み締めた。



けれど、襲い掛かったのは死ではなく、